ピュアブラック(黒べえ)・Zメダカ誕生物語

メダカ史

本記事では、ピュアブラック(黒べえ)とZメダカ(ピュアブラックヒカリダルマメダカ(弁慶))の2つのメダカの誕生物語を紹介します。

ピュアブラックメダカ(黒べえ)

ピュアブラックメダカ(黒べえ)

初代弁慶オス(ピュアブラックヒカリダルマメダカ)

初代弁慶メス(ピュアブラックヒカリダルマメダカ)

ピュアブラック作出経緯

本文は大場幸雄が2003年の8月に執筆した文章です。作出当時の喜びや状況をよりリアルに伝えるために、執筆当時の文章をそのまま掲載しています。現在とは表現等が異なる部分がありますが、ご了承ください。

本年2003年に新発売いたしました「ピュアブラックメダカ」についてお話したいと思います。このメダカを作るに至った経緯はこのようでした

3年前のことでした。1匹の真っ黒いメダカを発見。普通の茶メダカではありません。普通の茶メダカは保護色の機能をもつため、入れた容器の色により体色が変化します。しかし、発見したメダカは、真っ黒なのです。白い容器に入れても、体色が変化しないのです。その他にも特徴がありました。頭が小さく、目が点のように小さいのです。体も他のメダカに比べて長いようでした。私は、このメダカを「黒べえ」と名づけました。

私は、この「黒べえ」に非常に魅力を感じました。そこで、このメダカを交配し、繁殖させ、固定化したいと思いました。ただ、私より先にメダカを飼育してきた先輩たちは無関心でした。
一言こう先輩に言われました。

「このメダカは奇形だから、止めておいた方がいい」

そう言われれば、意地になるのが私の性分。どのメダカにでもいいから、この「黒べえ」の遺伝子を残したいと思いました。他のメダカと交配したところ、ほんのわずかですが卵がとれました。その数2〜3個だったように記憶しています。卵は孵化しましたが、稚魚はなかなか体が大きくなりませんでした。アルビノメダカの稚魚もなかなか大きくなりませんが、それと同じです。それでも、続けて数種類のメダカと交配し卵をとりましたが、やがて、その「黒べえ」は死んでしまいました。
やっと何匹か産まれたF1。大切に大切に育てました。

1年後、F1同士を交配し、F2をつくることに成功しました。F2をじっと観察していると、真っ黒
なメダカを1、2匹発見。あの「黒べえ」です。F2で真っ黒なメダカが出てくることは、理論上はわ
かっていましたが、実際にそのメダカを目にした

私は思わず「やったー!」と心の中で叫びました。また、そのF2を大切に育てました。
そして、ありとあらゆるメダカと交配しました。なんとか、この「黒べえ」の遺伝子を他のメダカに移し、残すためです。交配したメダカは、茶色の普通種、ダルマ、ヒカリ、アルビノヒカリ、アルビノダルマなどなど。あらゆるメダカと交配を重ねること2年。試行錯誤の連続でした。その結果、やっと普通種の形をした「黒べえ」が固定化しつつあります。

この「黒べえ」を発売するにあたり、もっと良い名前はないものかと思案しておりました。

このメダカは、体型にも特徴があるのですが、何と言っても、最大の特徴は、その黒さにあります。保護色の機能をもたず、全くの純粋な黒色です。そんなことを友人と話していたときのことです。「純=ピュア、黒=ブラックだから、ピュアブラックはどうだろう」ということになりました。そのときから、このメダカは、「黒べえ」改め、正式に「ピュアブラックメダカ」という名前になりました。

※本記事は、「メダカ大図鑑 」,  2015年 刊, めだかの館 著に掲載された記事を参考にしています。

奇跡のメダカ「Zメダカ」

2001年、ピュアブラックメダカとヒカリメダカを交配してピュアブラックヒカリメダカが完成。「小次郎」と名付けた。

2003年にはピュアブラックダルマメダカが完成した。これには当時力士で大人気の小錦関よりニックネームをいただき、「小錦」と名付けた。

2004年、今度はピュアブラックヒカリダルマメダカを作出。「弁慶」と名付けた。私にとって、最高傑作のメダカが弁慶である。

当時はデジカメはなく、アナログの時代である。このメダカの貴重さとは関係なく、プロカメラマンに撮影を依頼した。ここに掲載した写真はフィルム撮影したものであり、非常に貴重なものである。

Zメダカとは、この弁慶1ペアと兄弟メダカのメス1匹、これら3匹で交配して誕生したものだ。「フェアレディZ」という車がある。私はこの車を「車の最終章」と思っている。なぜかこのメダカに「メダカの最終章」との強い思い込みがあり、「Zメダカ」と名付けた。しかし、このZメダカの写真が手元に残っていないのは残念でならない。

このZメダカからピュアブラックメダカの普通種、ヒカリ、ダルマ、ヒカリダルマが毎年誕生しており、現在(2015年当時)、メダカ仲間によりF27まで飼育されている。当時の価格は1匹3〜25万円。筆者のところでもZメダカ系統の個体を扱っているが、価格は現在も変わっていない。

当時はメダカの知識など何もなく、行き当たりばったりの飼育であったが、このメダカができたのは偶然だろうか?黒べえ作出から5年が経過した。この間、いろいろなメダカを作出してきたが、私にとってZメダカ、その元となった弁慶ペアは、今でも超えることをできないメダカなのである。

※本記事は、「日本メダカの飼育と繁殖」, 2015年 刊, 大場幸雄 著 に掲載された記事を参考にしています。

参考資料

「メダカ大図鑑 」,  2015年 刊, めだかの館 著

「日本メダカの飼育と繁殖」, 2015年 刊, 大場幸雄 著